多くの人は「サービス業」に対して奇妙な偏見を抱いています。誰かに仕えたり接客したりする仕事はどこか格下であるかのように錯覚し、自らの職業をより体裁のよい業界名で呼びたがるのです。例えばコンビニの店員は自らを「小売業」と呼び、飲食店のスタッフは「飲食業」と名乗ります。

「自分は小売業や飲食業だから、客にへりくだってサービスする必要はない」——そうやって自らを正当化したい気持ちが背後にあるのかもしれませんが、これではまるでサービス業であることが後ろめたいことであるかのようです。

しかし、公的な職業分類を見れば明らかなように、小売業であれ飲食業であれ、どちらも明確に「第3次産業・サービス業」の大分類に含まれています。

法律事務所もまた「サービス業」である

筆者はかつて法律事務所に勤務していたことがあります。当時の代表弁護士が好んで語っていた定番の講釈の中で、今でも鮮明に記憶に残っている言葉があります。それは「この事務所の本質はサービス業であり、働いているスタッフ全員がサービス業従事者である」という考え方でした。

私自身、この表現がとても気に入っていました。なぜなら、私たちが向き合っていたのは無機質な法的書面ではなく、生身の人間そのものだったからです。法律文書は、あくまで課題を解決するための道具に過ぎません。

物乞いやホームレスを見下すことはない

サービスの神髄は「人」と向き合うことにあります。看板が小売業であれ、飲食業であれ、あるいは法律事務所であれ、あなたの正面に座り、目の前に立っているのは、常に感情とニーズと尊厳を持った生身の人間です。

私は物乞いや路上生活者を軽蔑したり見下したりすることはありません。店の扉をくぐって入ってきた人は、等しくすべて「お客様」なのです。

お客様を尊重することは、サービス業の本来の務め

かつて同僚が私にこう言ったことがあります。「私たちは小売業であって、サービス業ではありません。それでも、お客様のことは尊重しています」と。

この言葉こそ、サービス業の真髄を的確に表しています。お客様を尊重することは、条件付きの見返りや取引ではなく、サービス業に携わる者の本来の務めです。相手が誰であろうと、どんな態度をとろうと、まずは基本的な礼節とプロフェッショナリズムをもって接する——これは決して卑屈にへりくだることではなく、自らの仕事に対するプロとしての矜持(誇り)です。

もちろん、お客様を尊重することと「何でも理不尽に耐え忍ぶこと」は同義ではありません。理不尽な言動や人格攻撃、一線を越えた要求に対しては、毅然として拒否し、自己の尊厳を守る正当な権利があります。しかしその防衛線は、自らの専門性と尊厳を守るために敷くものであり、「相手が敬意を払ってくれたら、こちらも敬意を払う」という打算をサービスの大前提にするためではありません。相手の出方をうかがってから尊重するかどうかを決めるようになった瞬間、その仕事は自らを矮小化させてしまうのです。

まとめ

職業分類における「サービス業」という言葉には、いかなる蔑称の意味も含まれていません。それは単に「人と関わり、他者の課題を解決する」という仕事の本質を誠実に示しているだけです。職業の貴賤を決めるのは、どの分類に属しているかではなく、従事する者が「人」に対して抱く誠実な姿勢です。訪れるすべての人をお客様として迎え、まず敬意を払いながら自らの規律を守り抜くとき、サービス業は卑下すべきレッテルではなく、胸を張って誇れる立派な専門職となるのです。

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