スポーツ競技における禁止薬物リスト(Prohibited List)は、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が毎年更新・公布する公式文書であり、アスリートが「競技会(In-Competition)」および「競技会外(Out-of-Competition)」で使用してはならない禁止物質や禁止方法を詳細に定めています。
アスリートは、アンチ・ドーピング規則違反による資格停止などの重い処分を避けるため、このリストに記載されているあらゆる物質や手法の使用を厳格に回避しなければなりません。
何より重要な原則として、体内から検出されたいかなる禁止物質についても、それがどのような経緯で摂取されたのか、あるいは故意か過失(うっかりドーピング)であるかを問わず、アスリート自身が最終的な責任を負わなければなりません(厳格責任の原則)。
例えば、競技会直前の食事でエビなどの甲殻類を口にする場合でも、万一の成分汚染に備えて一部のサンプルを残しておくなど、故意の摂取ではないことを客観的に証明できる配慮が推奨されるほどです。
WADAの禁止リストは大きく分けて「常時禁止(競技会および競技会外)」と「競技会検査における禁止」の2つに分類されます。それぞれのカテゴリーの概要と主な対象物質・方法は以下の通りです。
常時禁止(競技会および競技会外)
特定されない物質および方法(Non-Specified Substances and Methods)
これらはスポーツにおいて正当な医療用途が極めて乏しく、不正乱用のリスクが著しく高いと見なされているカテゴリーです。アスリートがこれらを使用したと判定された場合、故意でないことを明確に立証できない限り、最も重い制裁が科されます。
禁止物質:
- S1. 蛋白同化薬(同化ステロイドなど):筋肉量の増加、筋力や持久力の向上、回復時間の短縮をもたらす物質群。テストステロン、アンドロステンジオン、メチルテストステロン、ナンドロロン、デキサメタゾンなどが含まれます。
- S2. ペプチドホルモン、成長因子、関連物質および模倣物質:細胞の増殖・分化・代謝を促し、体液バランスや血圧を調整する物質群。ヒト成長ホルモン(GH)、インスリン、エリスロポエチン(EPO)、血管内皮増殖因子(VEGF)などが該当します。
- S3. ベータ2作用薬:気管支を拡張し、心拍数や代謝を高める作用があり、抗炎症・抗アレルギー作用も持ちます。サルブタモール、クレンブテロール、ホルモテロールなどが含まれます。
- S4. ホルモン調節薬および代謝調節薬:内分泌系、エネルギー代謝、体重管理に影響を及ぼす物質群。アロマターゼ阻害薬、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)、選択的アンドロゲン受容体モジュレーター(SARM)、インスリン誘導体などが含まれます。
- S5. 利尿薬および他の隠蔽薬:尿の生成量と希釈度を高め、他の禁止物質の排出促進や検出隠蔽を狙う物質群。フロセミド、ヒドロクロロチアジド、プロカインアミドなどが該当します。
禁止方法:
- M1. 血液および血液成分の操作:自家血や他家血などの血液製剤を体内に注入する輸血操作、または赤血球の酸素運搬能力を人為的に高める機器・手法。アスリートの持久力と筋疲労回復を劇的に引き上げる不正行為です。
- M2. 化学的および物理的操作:採取された生体サンプルの完全性を損ねたり改ざんしたりすることで、ドーピング検査の適切な実施を妨害する手法。
- M3. 遺伝子および細胞ドーピング:遺伝子や細胞の機能を改変し、運動パフォーマンスや身体回復力を向上させる先端手法。生体の自然な生理的調節機能を人工的に改変します。
特定物質(Specified Substances)
これらは一般的な医療現場において正当な治療用途が広く認められているものの、競技力向上に悪用される恐れがある物質群です。故意の違反でないことをアスリート側が証明できた場合、比較的軽減された処分が適用される余地があります。
- S6. 興奮薬:中枢神経系の活動を活発にし、覚醒度、集中力、反応速度を高め、疲労感や食欲を抑制する物質。コカイン、アンフェタミン、過剰なカフェイン、フェネチルアミンなどが含まれます。
- S7. 麻薬:強い鎮痛作用と鎮静効果を持ち、身体的苦痛や外傷反応を抑制する物質。モルヒネ、フェンタニル、ブプレノルフィンなどが該当します。
- S8. カンナビノイド:精神活性作用をもたらし、鎮静・鎮痛作用を持つ物質群。大麻、THC(テトラヒドロカンナビノール)、合成カンナビノイドなどが含まれます。
- S9. グルココルチコイド:強力な抗炎症作用や免疫抑制作用を持つステロイドホルモン群。全身投与(経口・静脈・筋肉内など)により、痛みや疲労感を抑えて競技パフォーマンスに影響を与える可能性があります。
競技会検査における禁止
特定されない物質および方法
- S0. 未承認物質:政府当局の承認を受けていない開発中の臨床試験薬や、開発が中止された医薬品、動物用医薬品など。安全性や副作用が未知数であり、健康被害と競技不正の温床となるため厳格に禁止されています。
- S1〜S5:前述の蛋白同化薬、ペプチドホルモン、ベータ2作用薬、代謝調節薬、利尿薬などは競技会中も当然に禁止されます。
- S6〜S9:興奮薬、麻薬、カンナビノイド、グルココルチコイドも競技会期間中は厳重に禁止対象となります。
特定物質(一部の特定競技のみで禁止される物質)
特定のスポーツ種目においてのみ、精神集中や手振れの抑制など競技の公平性に著しい影響を及ぼすため禁止される物質群です。
- P1. アルコール(エタノール):一部の射撃やモータースポーツなどで禁止対象となり得る中枢抑制物質。
- P2. ベータ遮断薬(ベータブロッカー):心拍数や血圧を下げ、精神的な緊張や手の震えを抑える作用がある物質。プロプラノロール、アテノロール、ビソプロロールなどがあり、アーチェリーや射撃、ゴルフなど精密な安定性が求められる特定競技で禁止されます。
- P3. 硝酸エステル系薬剤:ニトログリセリンなど、血管を拡張して血流を増やす薬物。
- P4. 亜酸化窒素(笑気ガス):中枢神経に作用して鎮痛・鎮静効果をもたらす吸入ガス。
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