ある日、出版社の編集者から「本を書いてみませんか」と声をかけられたことがありました。ロングセラーになるような小説ではなく(私にそんな才能がないことは百も承知です)、技術的なトレンドを追った実務書・解説本でした。

しかし、平均的な初版部数と印税率を冷静に計算してみたところ、この種の本の運命は技術ブームの収束とともに急激に色褪せ、そもそもターゲット層も限られていることに気づきました。何か月もかけて構成を練り、推敲を重ねたところで、最終的に手元に残る報酬は労力に全く見合わないのです。

もし「自分の名前で本を出すこと」自体が自己肯定感や承認欲求を満たす目的なら、何も迷う必要はありません。書けばいいのです。しかし、理想と現実の狭間で生活の糧を稼ごうとしているなら、薄っぺらい印税明細書を手にしたとき、残るのは虚しさだけかもしれません。

私はその際、長年胸の奥に抱えていた疑問を編集者に投げかけてみました。オンライン書店(博客来 / 拾選 TenChoice など)で「絶版」や「品切れ」の文字を見るたび、こう思わずにはいられないのです。「商業的な初速が出なかったというだけで、どれほど多くの良書が泡のように市場から消えていったのだろうか? 買おうと思っても手に入らず、図書館にすら数冊残っているかどうか怪しい本が無数にあるのではないか」と。

この問いに明確な答えを出すのは困難です。現代の出版事情において、重版がかかるだけでも十分に偉業と言えます。ニッチな分野の本は、強力な固定ファン層や著名人の推薦がなければ採算が取れず、それなら海外や中国大陸で実績のある版権をまとめて買い付けて翻訳したほうが安上がりなのです。

皮肉なことに、「出版不況」「活字離れ」と叫ばれながらも、書店には毎月トラック一杯の粗製濫造本が積み上げられています。その半分は、ノルマに追われた編集者が私たちのような素人に無理やり書かせたものかもしれません。

かつて出版業界の先達が残した言葉を思い出します。「人を破産させたければ雑誌を作らせろ。人を貧乏にしたければ作家とおだてて本を書かせろ」。

もちろん例外はあります。もし自分がいつか、心から納得できる小説や純文学作品——たとえば「一頁詩(POETOR)」に並ぶような言葉——を紡ぎ出すことができたなら、そのときは原稿を抱えて出版社を一軒一軒頭を下げて回り、「どうか本を出してください」と頼み込んでいるかもしれません(遠い目)。

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