2025年3月、台中市の交差点。21歳を迎えたばかりで総合病院での臨床実習に励んでいた医学生が、フルフェイスヘルメットを着用し青信号を安全に走行していたところ、無免許・飲酒運転・大幅な速度超過で赤信号を突破してきた乗用車に激突されました。頭蓋骨骨折、全身18箇所の骨折を負い、22歳の誕生日を迎える直前に尊い命が路上で絶たれました。

加害者の男は、運転免許を取得したことすら一度もなく、長年にわたり無免許運転を繰り返してきた前科者でした。衝突後、被害者を冷たいアスファルトの上に放置したまま現場から逃走しました。

台湾初となる飲酒運転致死罪の国民法官(裁判員)裁判において、被害者の父親は生前息子が最も愛用していた研修医の白衣を身にまとい、証言台に立ちました。裁判官、国民法官、そして台湾社会全体に向け、約2,000字に及ぶ血を吐くような意見陳述を行いました。悪質極まりない暴走殺人行為に対し、もし司法が最高刑を下せないならば、一体誰が無実の命の無念を晴らせるのかと訴えかけたのです。

被害者の父親による法廷陳述全文

「私は被害者の父親です。本日、私は最愛の息子が身につけていた服とズボン、そして病院実習で着用していた白衣を着てここに立っています。まるで息子がこの場所に共に立ち、一緒に正義を求めているように感じられるからです。

息子と最も親しかった母親、妹、そして祖母は、本日出席することができませんでした。この法廷の耐え難い苦痛と精神的負担に耐えられないため、父親である私が一人で代表して参りました。

もし許されるなら、法廷にお集まりの皆様、少し目を閉じて想像してみてください。本日どのような立場でこの裁判に参加されたとしても、閉廷後に帰宅し、今夜は何をしようか、明日は何をしようか、将来はどう生きようかと考えながら歩いている瞬間、交差点で突然暴走車に跳ね飛ばされて命を奪われたら、一体どう感じるでしょうか。

想像を絶する恐怖ではないでしょうか。一瞬にしてあなたの全てが奪われるのです。命も、夢も、未来も。

これが、私の一人息子が直面した残酷な現実です。彼は大学を卒業することすらできず、22歳の誕生日を迎えることもできず、体験したかった数多くの人生の可能性をすべて奪い去られました。

毎日このことを思い出すたび、父親として胸が張り裂けそうになります。なぜ私の息子がこれほど理不尽で残酷な目に遭わなければならなかったのか。

加害者よ、見なさい。これがあなたが跳ね殺した若者です。優しく、思いやりがあり、ユーモアに溢れた青年でした。オンラインゲームが好きでしたが、幼い頃から真面目に努力を重ねてきました。中学3年生の時は毎晩9時まで塾に通い、高校3年生の時は大学受験に集中するため自ら丸刈りにしました。高雄医学大学で4年間学び、台中の病院へ実習に来ていました。進路に悩んだ時期には、自ら学費と生活費を稼ぐためフードデリバリーのアルバイトを掛け持ちしていました。

息子はこれほど自立し、強い信念を持って理想の道を歩んでいたのです。

昨日、被告が四輪・二輪の免許を一度も取得したことがなく、試験すら受けたことがないまま長年車を乗り回していたと聞き、あまりの皮肉に激しい怒りを覚えました。息子はバイクの免許だけでなく、大学3年の夏休みに教習所に通って普通自動車免許も取得していました。しかし彼は一度も公道で車を運転する機会すら得られませんでした。

バイクで青信号を規則正しく通過していただけなのに、なぜ殺されなければならなかったのか。

それはあなたが、無免許で、飲酒し、速度超過で赤信号を無視して突っ込み、最愛の息子を跳ね飛ばして逃走したからです。

考えうる最悪の悪質運転をすべて犯しました。あの日、息子は頭部を保護するため頑丈なフルフェイスヘルメットを正しく装着していました。それにもかかわらず頭蓋骨は砕かれ、全身18箇所を骨折しました。思い出すたびに心が粉々に砕け散ります。

事故が起きてから毎日、丹精込めて育ててきた息子の姿を何度も思い出します。これは息子が3歳の時、淡水フィッシャーマンズワーフの恋人橋で撮った大好きな写真です。無邪気で可愛らしい笑顔でした。これは家族で日本旅行へ行き、観覧車の中で撮った家族写真です。私たちの家庭は二度と元には戻りません。

22年前、私は分娩室で立ち会い、息子の誕生を歓喜とともに迎えました。まさか22年後、遺体安置所で冷たくなった息子の遺体と対面し、葬儀を執り行うことになるとは夢にも思いませんでした。今日この場に立ち、再び事件を語ることは耐え難い苦痛です。

しかし息子のために私は毅然としていなければなりません。正義を取り戻すことこそ、遺された父親ができる唯一の務めです。息子の命の犠牲を無駄にせず、二度とこのような悲劇が繰り返されない社会にしなければなりません。

罪を犯した者が相応の報いを受けるのは当然の理です。しかし台湾の司法ではそれが実感できません。飲酒運転致死罪に対し、日本では危険運転致死罪で最長20年の懲役、米国では終身刑や死刑すら科されます。

ところが台湾では、飲酒運転で人を殺しても最高刑は『わずか10年』であり、過去の判例で上限の10年が言い渡されたことすらありません。この現行法は私の納得できるものではなく、社会の常識とも大きく乖離しています。もし皆様の家族が理不尽に殺され、犯人が10年未満で出所してくるとしたら、それを正義と呼べるでしょうか。

国民法官の皆様に切にお願い申し上げます。皆様の判断が、この社会における飲酒運転への抑止力と交通安全を左右します。硬直した条文の限界を埋めるのは、市民の良識と正義の声です。情と理が法に先行すべきです。

飲酒運転で命を奪った罪は本来極刑に値します。現行法の枠内であっても、飲酒運転致死、ひき逃げ、累犯のすべてにおいて、妥協のない最高限度の量刑を下していただくことを切望します。

法定刑ですら軽すぎるのに、弁護側は『犯行後の態度が良好である』として減刑を求めています。では、私の息子にはどのような態度が残されているというのでしょうか。命を奪われ、態度を示すことすら叶いません。過去に何度も無免許で摘発されながら反省しなかった男が、人を殺した後に反省の態度を見せたからといって、なぜ減刑されなければならないのか。

現場から冷酷に逃走し、通報も救急車の要請もせず、路上に息子を放置した男の身勝手な自首など、減刑の理由に値しません。

後悔や反省が意味を持つのは、死者が生き返る場合だけです。息子は二度と戻りません。家族の人生は永久に破壊されました。何万言の謝罪があろうと埋め合わせにはなりません。

無免許、飲酒、信号無視、速度超過、致死、ひき逃げ。これほど悪質な犯罪に厳罰が下されないならば、交通安全を蔑ろにする輩への容認となってしまいます。次の犠牲者を生まないためにも、飲酒運転に対する絶対零度の厳罰姿勢を、息子の裁判から示してください」

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